- 1 四時五分
北「これも2年振りに98年に掘り起こした曲。曲調の割には重い曲で、役者の頃苦しい時期があってゆずが始まって楽しさを知って、相方への感謝の気持ちで書きましたね」
岩「最初のサビは“あんたに会えて良かったなんて 照れくさくて言えませんが とりあえず朝まで飲もうじゃありませんか...”だった」
- 2 少年
北「96年の秋ぐらいかな。夜一人で鼻歌で作ったで、その頃は曲に自信もなくて、岩沢に聴かせたらコメントがなくて」
岩「その後、97年に掘り起こして、岩沢家で完成させました」
北「タイトルは元々“ショック少年”でした」
- 3 以上
北「これは97年の5月ぐらいかな。これもヘコんでた時期にできた。ウラ声の感じが岩沢っぽいので岩沢に歌ってもらった」
岩「オレに歌わせたい曲があるって言ってそれからなかなか聴かせてくれなかった」
北「これは清水が丘公園の丘の上で聴かせた。僕が作った最初の3拍子!」
岩「だからよく僕の曲だと思われる」
- 4 夏色
北「96年の6月、まだお客のいないミロードで完成させました」
岩「ミロードのお偉いさんに“マダマダだな”と言われました」
北「僕は夏が嫌いで、でも夜の海とか、夕暮れとか、街がオレンジになるのとかそういうのが好きなんです」
岩「僕がタイトルつけました。色が見えました、『夏色』っていう」
- 5 手紙
岩「持ってきた時にできてました。タイトルは最初『れたぁー』と全部ひらがなで、最悪なので却下しました(笑)」
北「岩沢の第一声が“古ぅー!!”、でオレは“しめしめ狙い通り”だと。セリフの所は最初、『北の国から』を意識して言ってて、その後『母に捧げるバラード』っぽくセリフを“お母さん.....”にしてたけど、マザコンみたいだと言われその後アドリブにしました」
- 6 心の音
岩「97年の秋の曲。内容的には『ところで』と2部作になって(?)ます。能見台のスタジオ『JUST』で完成しました
」
北「ビビビっときました。ライブでやるのが好きだったですね。」
- 7 雨と泪
北「これは97年の11月ぐらいにできた曲。その時かなりヘコむ事件がまわりにあって、それを壊したいという気持ちで書い た。」
岩「聴いた時に“これはオレが歌うべきだ”と思った。命がけでハモるからと言った。」
北「最初はオレ達の中ではノリ切れない曲だったんだけど、路上で歌ううちに客の方がもりあがって、それが自信になった」
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- 8 巨女
岩「これは96年の冬。岡村ブギーと同じ時期。今はもうない伊勢佐木町のマクドナルドでコーヒーを飲みに行った時の曲で、”“気になるウェイトレス”は別にかわいくないんだけど単にデカかったというだけ」
北「最初は岩沢が歌っていたが途中で変えた」
- 9 ソウロウ
北「96年の夏に作りました。岩沢が旅に行ってる時、一人になって昔のロックのアルバムをいっぱい聴いて作りました」
岩「ヒッチハイクで京都に行ってきました」
北「岩沢のコメント、今でも覚えてます“もうチョットがんばって欲しかった”」
- 10 街灯
岩「最初スマイルに似ていて、改造に改造を重ねました。レコーディングで転調させ、今は路上でもやってます」
北「曲を聴いたときに何故かピアニカを吹いていました」
- 11 月曜日の週末
北「ウチの地下室“第2サティアン”で作りました」
岩「仕事もせずブラブラしてる時期で、月曜は昔オフだったんで世間のみんなとのズレを歌いました」
- 12 ねこじゃらし
北「片思いをしてた時の歌。96年の曲を掘り起こしました」
岩「誰もいないミロードで完成させました」
- 13 贈る詩
北「98年の1月15日にみんなにプレゼントをもらって、パーティーソングを作りたいって思い、誕生日ソングにしました」
岩「平日の真夜中の路上で完成させました」
北「あまりに寒いんで金持ちのシロウト童貞の伊波“幸せの赤いダッフルコート”コウジを呼んで歌を聴かせ、なおかつコーヒーをオゴらせました」
岩「彼は次の日、高熱を出してしまいました(笑)。ま、彼がいないできなかったかもしれません」
- 14 境界線
岩「岡村は山を越えないと街に行けなくて、プリンスホテルの坂の上の高台から見た景色を歌にした」
北「最初、詞を見て、今までの岩沢の中で一番いい!と思った。詞部門No.1!!」
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