矢野真紀『この世界に生きて』
プロダクションノート
by 寺岡呼人





アルバムが世に出れば、沢山の人が聴いてくれる。でも製作してる時、特にデモテープを作ってる時なんて、せいぜい3人ぐらいで作業してて、非常に狭い、小さな世界で、地味に、地道にモノを創り上げてる。その小さな世界で「これはいい!」「凄いモノができた!」なんて盛り上がりながら作業してる訳だけど、その価値感とか、センスとか、感性は、その小さな世界の中だけの価値観。言い換えれば、それを信じてやるしかないし、お互いが信じられる、っていうのがないといいモノは創ることなんてできないと思う。やり方や、方法論は無数にあるわけだから。

『この世界に生きて』は、何度聴いても飽きない、何年経っても古くならないものを意識して作った。
それは、矢野さんと作業していくうちに自然とそういう方向になってしまったって言う方が正しいのだが.....。
この小さな世界の中で生まれた作品が、どのように成長していくのか、凄くワクワクする。




01. この世界に生きて
   作詞:矢野真紀 作曲:寺岡呼人 
02. 1センチの夜明け
   作詞:矢野真紀 作曲:寺岡呼人
03. さよなら色はブルー
   作詞:矢野真紀/寺岡呼人 作曲:寺岡呼人
    「僕が何をすればいいんだ?」
    プロデュースの話が来て、それまでの矢野さんのアルバムを聴いてみて、始めに思ったことだ。
    「これでいいじゃん、完璧じゃん」と、目の前の高い壁を見上げる僕なのでした(笑)。
    そもそも、僕は矢野さんのように、デビューしてもう何作か出してるアーティストをやるのは初めてだったので、余計にそれまでに出来上がったイメージを持ってる人を目の前にして、「僕が何をすればいいんだ?」って思ってしまった訳だ。

    でも、今までの作品を聴きすぎても、“僕がやる意味”がないので、それからは殆ど聴かないようにして、“僕のフィルターを通した矢野真紀”をどうやって出そうか?っていう風に考えるようにした。そういう事を考えながら月日はアッという間に半年ほど経ち(笑)、最初のレコーディングが行われ、それまでは矢野さんの曲だけを作ってレコーディングしてたのだが、ミーティングで「みんなで曲を作って、他のアーティストからも提供してもらおう」という事になり、僕も書く事になり、最初に作ったのが『さよなら色はブルー』だ。
    とにかく、「オレが何処かでこんな曲を歌う矢野さんに出会ったら、絶対足を止める」って曲を書きたいと思った。
    それは、矢野真紀というアーティストを知らない人でも「一体誰?」ってなるような曲。そういう曲を矢野さんが自分のモノにした時、どんな科学反応が起こるんだろう?と思ったし、彼女の個性はより輝くと思った。で、最初はもっとボサノヴァチックで、地味な曲だったんだけど、ネオ70年代ニューミュージック風なテイストを矢野さんが歌うとカッコイイんじゃないか?と思い、アッパーな感じにしてみた。
    結果は、予想以上の科学反応を起こしたと思っている。
    歌詞も初めて一緒に書いた。このコラボレーションもうまくいったと思う!

    レコーディングメンバーは、ドラムが佐野さん、ベースが松原さん、キーボードが中西さん、ブラスセクションが山本拓夫さんチーム、パーカッションが三沢またろうさん。このメンバーも絶妙なソフトロック感を出してくれたと思う。
04. 正午の銀座線
   作詞/作曲:矢野真紀
    一番最初にデモテープを作ったのが、この曲だった。
    「初めまして私こんなものです」っていう挨拶代わりのような感じで、最初にこの曲を聴いた。
    超人見知りな3人組は妙な感じで、僕はといえば、謙二に頼って「こんな感じかな?」とか「〜してみる?」とか、あまり矢野さんと話しながら進めてった記憶が余りない(笑)。ただ今から思うと、最初に来るべき曲というか、この曲からすべてが始まったって気がする。

    メンバーはキーボードに上杉さん、パーカッションが猪俣優子さん、ジェームス・テイラー風にして、午後の都会のムードを出してみた。
05. いつか僕が還る場所
   作詞:矢野真紀/寺岡呼人 作曲:藤井謙二
    謙二が書いてきた曲で、これも『さよなら色はブルー』とかと同じ頃持ってきた。
    これは、かなりイメージが最初から出来上がっていて、昔のA&Mレコードのような雰囲気にして、オーボエなども入れてみたりした。
    歌詞は随分最初からできてたんだけど、ギリギリになって僕の方から、もう少し違う角度から書き直したものを彼女に見せた。ただずっと同じ歌詞で歌ってきたイメージが固まってるから、結構最初は戸惑ってるように見えたし、拒否反応みたいなオーラがあったように思う(笑)。しょうがないんだけどね。
    ただ、丁度その時に彼女の長年飼ってた犬のトムが亡くなってしまって、その新しい歌詞が余りにもリンクしてしまって、それは僕が手を加えるとか、そういうんじゃない、最初から導かれたような歌詞に聞こえるほどだった。彼女が歌った時、一瞬レクイエムに聴こえた。

    レコーディングって色んなマジックがあって、それを真空パックするものだが、この曲ほど奇跡的な瞬間を感じたレコーディングは僕は経験なかった。そういう意味でもこの曲こそがこのアルバムの核になってるのかもしれない。

    メンバーはドラムがカースケさん、ベースが美久月さん、キーボードが上杉さん、ストリングスが弦さん、懐かしい中にも現代的な雰囲気を持つサウンドが作れたと思っている。
06. 上手なヘビ使い
   作詞/作曲:矢野真紀
    この曲は、レコーディングスタジオの屋上で、矢野さんと謙二の一発録り。
    ポイントは、このテイクを録った後に偶然通ったヘリコプター!!
07. 死にかけた足
   作詞/作曲:矢野真紀
    この曲は主に謙二がアレンジをした。謙二が中心の時は矢野さんをお父さんが娘を遊ばせるように、自由にイメージを形にしていくので(笑)、とても“矢野ワールド”になる。彼女は理屈よりも感性で音楽をやってるって意味では真のアーティストだと思う。
    メンバーはドラムが佐野さん、ベースが松原さん、キーボードが中西さん、パーカッションが三沢またろうさん。
    今回、またろうさんは結構リズム録りと同時に録ってるので(パーカッションは後でダビングする事が多い)、それもいい効果を出してるように思う。
08. ひとつだけ
   作詞:矢野真紀 作曲:片寄明人
    この曲はドラムが小田原さんで、スタジオのせまーいブースの中で小田原さんに叩いてもらった記憶がある!
    今回のアルバムは全体的にシンプルなサウンドを目指してて、この曲なんかは最たるもの。ホントにパッとセッション一発でやったかのようなムード、70年代のジェームス・テイラーやキャロル・キングなどの演奏をしてた“ザ・セクション”的な感じ、AOR前夜のニック・デカロやポール・サイモンとかの感じが出てると思う。
    メンバーは、ドラムが小田原豊さん、ベースが高水健司さん、キーボードが上杉さん、パーカッションが三沢またろうさん。
09. パヤッパ
   作詞/作曲:矢野真紀
    この曲は、少しサイケっぽくしたくて、アコースティックギターと、ファズギターを入れた。
    ドラムは椎野さん(お久しぶりです!)、ベースは美久月さん、キーボードは上杉さん、パーカッションが三沢またろうさん。
    この曲と『さよなら色はブルー』のカップリングの『歩いていこう』は2月のファーストレコーディングの時に録った。

    矢野さんの狂気とか毒の部分が一番出てる曲だと思う。
10. みんなにうた
   作詞:矢野真紀 作曲:Keison&caravan
    Keisonさんのデモが余りにも良くて、結構越えられない世界が既にあった。
    で、謙二にアコースティックギターで、スライドを入れてもらったりして、B・ハーパー風にしてもらった。
    矢野さんの曲は内省的なモノが多いけど、こういう開放的な曲もドンドンやってった方がいいと思う。
    ベースは松原さん。パーカッションは猪俣優子さん。キーボードは上杉さん。
11. 大人と子供
   作詞/作曲:矢野真紀
    個人的には今回の矢野さんの歌詞の中で一番好きな曲。
    で、アルバムのラストを主張し続けたのも僕(笑)。
    歌っていうのは、1回聴いただけで魂を持っていかれるようでなければいけないと思ってて、その為には小説とか映画とは違って、こだわりのある部分や、説明的な部分をどんどん削っていかないといけない。でもそれが返って歌のいい部分でもあるわけだけど。
    そういう意味でも、矢野さんの感性をものすごく端的に表した素晴らしい歌詞だと思う。
    この曲も最初は謙二が主にアレンジした。で、イントロのエレキのハーモニックスの音はデモテープの音をそのまま使ってる。
    こういうのって、再現は難しいんだよね。で、僕は後半のストリングスをダビングしたぐらいかな?
    メンバーは、ドラムが小田原さん、ベースが高水さん、キーボードが上杉さん、またろうさんに本物のティンパニーをサビ前に叩いてもらい、ドラマティックさを引き立ててもらってる、この曲がラストに来る事で、また頭から聴きたくなると思うし、色んなタイプの曲があるようで、それらすべてが“矢野真紀の曲”になってる事に気づくと思う。




    2001年の10月頃からデモテープを作り始めて、1年以上!
    でも、実際の製作期間は短く、アッという間にできた。それは何の迷いもなく、一気に作り上げたっていうのと、迷う要素がなかったからだと思う。僕は誰の作品を制作する時でも意識してるのは、アーティストの個性を生かしつつ、それをフレームにどう収めるかだ。
    最終的に作品がよく見えるような額縁を作る、画廊のオーナーのようなものだ。でも、額縁によって作品の印象は随分変わるもの。
    今回はその額縁っていうものを物凄く意識させられた作品だったと思う。

    最後に、このアルバムを制作するにあたって一番貴重だったのは、藤井謙二の存在だ。
    サウンド面は勿論、このプロジェクトの精神的支柱だったのは間違いない!
    そして、この作品のサウンドを作り上げてくれた平沼さん。何度も聴きたくなるようなサウンド、ありがとうございます!
    それから、このプロジェクトに関わったスタッフのみなさん、お疲れさま!