『Brand-New Generation』ライナーノーツ
「昔ほど、構えずに音楽をやれるようになった」。寺岡はそう言った。言葉の通り、僕もそんな魅力を、最近の彼に感じている。彼はここのところ、プライベートでも仲良しの、マイ・リトル・ラヴァーの藤井謙二をパートナーに迎え、アレンジや曲作りをしている。それも、リラックスした曲作りに一役買っているのだろう。聞こえてくるのは、シンプルでメリハリのある、広い意味でのロックンロール。自分が大好きなサウンドを、脇目もふらず、すぐ手の届くところに置いとけている、その強みも凄く感じる。
そして、新たな作品と出会う。「ブランニュージェネレーション」である。
この曲には、少しづつ仰角を増していく穏やかなメロディと、彼の中から溢れ出した、沢山の言葉がある。言葉は時に、社会的で
すらある。寺岡は、中学生の頃から、例えばTVを見ている時、「こうやって俺がTVを見ている最中にも、一杯飢えて死んでいく
人達がいるのかなぁ…」と、そんなことを考える少年だったという。しかしその思いは、なかなか歌にはならなかった。「ところが最近になって、自然に歌詞の言葉として、出てくるようになった」。
「構えずに音楽をやる」をやることで、彼は中学生の頃の自分とも、交信を果たしたのである。
実はこの曲は、キャンペーン先の大阪からの帰り、新幹線の中で、何気なく浮かんだものだった。最初にあったのは、「ブランニュージェネレーション」という、その一言のみ。その後、彼はネプチューンのための「明日に向かって走れ!」の作曲に入り、その時、副産物的に完成していったのが、この曲だ。こんな曲を作ってやろうという行為は、一切ない。事実、ここに溢れ出した言葉もメロディも、力みとは無縁の、自然な響きを持つ。
曲を聞き進むうちに、あることに気付く。歌の主人公は、決して器用な奴じゃない。なんとか世の中と折り合いをつけつつ、恋人や友人や家族とともに、無心で頑張っている。周囲を見渡せば、どこにでもいそうな男である。
生きることの困難は、日々、水かさを増し、大地を踏みしめて歩くことすら、ままならなくさせる。その時、この歌の主人公は、どんな態度を取るのか?
むしろ、踏ん張ろうとせず、濁流に身を投げるかのように、全身の力を抜く。すると不思議なことが起こって、いままで自分を飲み込みそうになっていた様々な圧力が、むしろ自分に浮力を与える存在に変わる───。
最後の方は、歌詞の世界というよりも、僕がこの曲を聞きながらインスパイアされた事なのだが、これこそが、この曲が持つ最大の栄養分である。
事実、寺岡自身も、こういう。「普通、大人になると、自分のカッコ悪い部分は隠すと思う。“俺は、こんなにリッパな社会人だ!”そう言いたくなると思う。でも、むしろカッコ悪い部分、弾ける部分、やんちゃな部分を、隠さずに出したいな、というのは、僕の意識の中にあった。でも、そういうこと歌う方が、どういう世代の人達にも、通じることなんじゃないかなって」。
つまりそれが、彼が求めた“ブランニュージェネレーション”の正体なのである。」