徒然道草
其の六
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○月×日
香
君の香りがする。
テーブルを挟んだ向かい側から、ほのかに香ってくる。
鼻炎の僕だけど、これだけは嗅ぎ分けられるよ。
それは、君が笑ったり、ふざけたり、心配そうな顔をしたり、僕をなだめたり、怒ったり....。
色んな表情からふりまかれてる香りのようなエッセンスだと僕は思うんだ。
やがてね、僕の耳が遠くなって、目もかすんでしまったとしても、この香りを頼りに君を探し続けるよ。
○月×日
サボテン
僕の部屋のサボテンが枯れて腐ってしまった。
「水をやりすぎたんだよ」って友達が言ってた。
水をやりすぎても、やらなすぎても植物は死んでしまう。
僕はいつだってそのバランスがわかんない.....。
○月×日
お墓
君と作ったクリスマスツリーの飾り、ずっと捨てられないでいたんだ。バッカみたいでしょ?
3回目の引っ越し、君がいなくなって4度目のクリスマスが過ぎた後、やっと捨てる事を決めたんだ。
僕は捨てる場所に困っていた。「一体何処がいいんだろう?」「何処がふさわしいんだろう?」
何処かの公園の木に飾ってみようかな?、それとも多摩川に流してみようかな?...........
色んな事を考えながら、車のシートに乗せて走っていた。
そして、立ち寄ったガソリンスタンドで、店員に「灰皿、ゴミ等はございますか?」って聞かれた時に、反射的に僕はあの飾りの入った袋を店員に渡してしまっていた。「これお願いします」って。自分でもどうして、そんな事をしたのかよくわからない。
あの、スタンドの無機質な、寂しいゴミ箱を見て「あそこが僕らの墓場だ」って思ったのかもしれない。
店員は、尋ねてきた時の笑顔から無表情な顔に一変し、慣れた手つきで、アッという間にゴミ箱の中に袋を捨てた。
僕は、なんてことない、っていう態度でガソリンが入るのを待ち、いつものようにお金を払い、店員に誘導され道路へ出た。
どうして今まで捨てられなかったんだろう?
何処かで、待ってたのかな?君が戻ってくるのを。
そして、「ほら、あの時の飾り!」って驚かせたかったのかな?
あの頃と僕は何も変わってないのかな?
車は、街に溶けてって、僕はいつもと同じ道で、いつもと同じ仕事へと向かった。
○月×日
誘眠剤
あまりにも眠れない夜が続いたある日。
アメリカで買ってきた錠剤を飲んでみた。
睡眠薬?誘眠剤?とにかくそんなヤツだ。
飛行機の中で眠れるように、数年前に買って、でも今まで一錠も飲まなかった。
封を開けると、米粒ほどのブルーの粒。「こんなので効くの?」って感じだ。
しかし、その錠剤を飲んで30分もした頃、激しい睡魔が襲ってきた。
その「眠たい」っていう感覚は、普段の自然な眠たさとはまったく別のものだった。
何かに引き込まれるような、何かに襲われるような、そんな感覚.........。
「...............................................................................................................................」
そして目覚め。
こんなに気持ちの悪い目覚めはない。
何かに片足を突っ込んだまま、浮遊してるような、初めての経験。
そのだるさと、気持ち悪さと、眠たさは丸一日続いた。
こんなものを飲んでいたら、いつかおかしくなっちゃう。
その、片足突っ込んだ世界に引き込まれたまま、帰れなくなっちゃいそうだ。
これなら、たとえ一睡もできなくも、この状態よりかは100000倍ましだ。
その、残りの錠剤を捨ててしまえばいいだけなんだけど。
まだ捨ててはいない。
まだどこかでこれを捨てるのが恐いのかな?
○月×日
ヨヒトチャン
ヨヒトチャン、どうしたの?
女の子みたいに泣いちゃって。
男の子は泣くモンじゃありませんよ。
さ、歯をくいしばって、悲しさを呑み込みなさい。
ヨヒトチャン、どうしたの?
どうしてそんなに震えてるの?
人は一人ぼっちで生まれて、一人ぼっちで死んでゆく生き物。
「生」と「死」は、2つでひとつなんだよ、
ヨヒトチャン、どうしたの?
どうして気持ちをうまく伝えられないの?
そんなに胸が苦しいの?
言葉が出ないなら、ひたすら優しい眼差しで見つめてごらん?
ヨヒトチャン、どうしたの?
電気を消しても寝つけないの?
何度も何度も寝返りを打ってしまうの?
そんな時は宇宙の一部になりなさい。
いくつになっても、人は“誰かの子供”。子守歌が聞こえてくるはずだよ。
ヨヒトチャン、どうしたの?
女の子みたいに泣いちゃって。
○月×日
伝染
あ〜優しくなりたいな。
柔らかく、曇りのない笑顔で人に話したいな。
例え、悲しい事があっても、それを優しさに変えて、顔に出せたらいいな。
君のように素直になりたいな。
ありのままの自分で生きてみたいな。
優しさを、表に出さず、さりげなく与えたいな。
優しさや、笑顔や、素直さも、病気のように人に伝染するなら.......。
君のそばにずっといて、感染したいな。
○月×日
魂の音
大木に耳をあてて聞いてごらん?
大きな年輪をゆっくり、ゆっくり辿りながら、大地の栄養、水を吸い上げてる音が聞こえるはず。
多くの生物が死んで、それが栄養に変わり、それを吸い取って樹は生きてる。
もう、何万年も樹は同じ場所でそれを繰り返してきた。
無駄なようでいて、無駄ではない死。
大木に耳をあてて聞いてごらん?
ミクロほどの生物、その微生物を食べた植物、その植物を食べた小リス、その小リスを食べた狐、その狐を食べたライオン、そのライオンの死骸をむさぼる白頭鷲、その白頭鷲が死んで大地に落ち、その死骸を食べる微生物......。
彼らの魂の音が聞こえてくるはず。
無駄なようでいて、無駄ではない死。
大木に耳をあてて聞いてごらん?
自分の事しか考えないで生きてるのは人間だけなのかもね。
僕等は死んで、宇宙の栄養になれるのかな?
○月×日
君の街で書く、出さない手紙
久しぶりに君の暮らしてた街にやってきました。
初めて逢った頃もこんな季節だったよね。
ビルや、川や、バスも、人混みも、あの頃とまったく変わってないけど、街を歩く若者にあの頃の君を重ねてみようとするんだけど、うまく重なりません。僕等も確実に年齢を重ね、時間も随分経っているって事なのかもしれませんね。
2人でよく行った喫茶店でこの手紙を書いてるんですけど、少し古臭く、錆びついた、まるで玉手箱を開けたような雰囲気になってました。これは時間のせいなんでしょうか?あの頃は不思議な魔法がかかっていたのでしょうか?マスターもチョット老け込んで見えました。
ボクは“夢”なんていう、あやふやな、形のないものの為に、君の元を飛び出して、いつの間にかそれを“イイワケ”にしか利用していなかったように思います。そして、夢は破れ、ただただ逃げ出してきたあの国で1年を過ごしてきました。
ボクがいた村では、コンビニもなければ、マックもない。お洒落な洋服屋さんも、遊園地もありません。その日その日の収穫に感謝をし、家族を愛して、仲間を愛する。素朴だけど、僕等の国が忘れている何かがありました。
「ただ生きる」。
それがどんなに素晴らしい事か。太陽の恵み、紅色の黄昏、嵐の前夜、動物たちの鳴き声、森のざわめき、春になって土から生えてくる新芽の力強さ、美しさ、子供達の笑い声、泣き声、母親の逞しさ、父親の存在.......。
人が生きている限り、退屈なんてないんだって事を教えられました。
ほんの少し、ほんの少しだけど、ボクは人に優しくなれそうな気がして帰ってきました。
今、君はこの街にはいないだろう。どこかの都会で相変わらずその笑顔で周りの人達を和ませてるんでしょうね?
君にも、寒い冬の夜に見える北の空のオーロラを見せたかった。
この先、ボクはどうなるのか、まったく見当もつきません。ただ、あの国で感じた「生きる喜び」「生まれてきた事への感謝」はボクの体にずっと染みついていると思います。なかなか強くはなれないけど、僕等の生まれたこの国で、何とかやっていけそうです。
君もいつまでも元気で。
○月×日
機械仕掛けの日常
あ、息をしてる。
寝起きの寝癖も相当ひどい。
いつものようにテレビがついてる。
やっぱり、お風呂の電球は切れたままだ。
誰かの電話に出て、しゃべってる。
今日も慌てて家を飛び出してる。
冷たい風に目が滲んでる。
カーステレオには昨日と同じCDが入ってる。
喫茶店では、相変わらず色んな人達が、色んな話をしてる。
今日も、空が暗くなっていった。
たくさんのヘッドライトが宙を舞ってる。
また同じ道を家に向かっている。
無造作に、機械仕掛けのような日常......。
ボクは今日も生きてるのか。
○月×日
喪中
ボクは罰当たりでしょうか?
ボクは地獄へ堕ちるのでしょうか?
“気持ち”は絶えず漂うモノ、ひとところに留まりはしないのでしょうか?
○月×日
孤独を埋めるもの
孤独を埋めるのは何ですか?
友達?家族?恋人?動物?
ギャンブル?映画?スポーツ?ショッピング?
女?酒?ドライブ?散歩?旅行?長電話?
涙?笑顔?他人への思いやり?信仰?
孤独を埋め合わせできるものなどないのです。
僕等は孤独と友達になって生きていかなければならないのです。
○月×日
「無」
お葬式の前を車で通った。
黒い服を着た大勢の人。
死んだ人はその様子を見ることはできない。
死んでしまったら、体は焼かれ、骨だけになる。
僕等は骨の上に、肉や、目や、声をつけて生きている。
誰かを見る目も、誰かと話す口も
何処から流れてくるかわからない涙も、抱きしめ合う肌も
老いてゆく肉体すべてが、本当は全部幻、まやかし、なのかもしれない。
だったら、元々何もない骨なんだから、生きてる間に後悔するなんてバカらしい。
誰かを憎んだりするのもバカらしい。外見で人を見るのもバカらしい。
滅んでゆく肉体を嘆くのもバカらしい。
すべては「なにもない」ところから始まってんだから。