ロンググッドバイ
私立探偵呼人の事件簿
1999.01月号
○月×日
ときめき
今度のネプチューンの詞の中に「僕らはいつでもときめきたいのさ〜」っていうフレーズがある。
普通のサラリーマンからみれば「お前はやりたいことを職業にできてて幸せだ」って思われる。
それは確かにそう。でも音楽を職業にしたらしたで「音楽にときめくこと」がすごく大変になってくる。
変な話「音楽にときめくこと」に努力がいるのだ。
CDの買い方にしても、昔は一つのCDを買ったらそれを何度も聞き返し、愛着を感じていた。でも今は一気に何枚も買ってロクロク聴かないなんて事もしばしばある。家でもあんまり音楽を聴かなくなったし、曲作りもその時期だけやるようになった。
スタジオだって最初は「これがプロのレコーディングってやつか!」って感じだったけど慣れてくると、そこに新鮮さは生まれてこなくなる。
でもそれは誰でも同じだと思う。ジュビロの選手が「サッカーを職業にしたら全然サッカーを楽しめない」って言ってたのと同じ。
楽しむのに努力がいるのだ。オレの場合、人のライブに行ったりすると結構「あっ音楽っていいな」とか思ってがんばれる。
ライブを見て悔しい想いをしたり、また「全然オレの方がいいじゃん」っていい気になったり、とにかく色んな事をライブを見ていて感じる。それが新鮮だったり、自分を客観的に見る事ができて活力になる。
オレよりも何年も前からやってる達郎さんや、永ちゃんや、清志郎さんたちは「オレもこの年までがんばってみようかな」って気にさせてくれる“ホンモノ”の音楽家だ。
○月×日
ネプチューン第2弾!
ネプチューンのシングル第2弾が3/3に出る。
タイトルは『明日に向かって走れ!』
何と作曲、編曲は寺岡呼人&藤井謙二!!
広島の田舎出のボンクラ2人がまたしてもヤってしまいました。去年の年末に一緒にスタジオに入って曲作りから始めた。こんなに長く付き合ってきて共作するのは初めて。何か変な感じだった。でもそれと同時に「あの2人は凄い!ただの仲良し2人組じゃなかったんだ」って言わせなきゃっていうプレッシャーもあった(の割にはギリギリまで曲はお互い作ってなかった)。
しかし!!
名曲が出来上がった。コンセプトは「ブギーじゃろ?時代は」っていう会話で即「ブギー」に。
詞はオレが書いたんだけど、これまたいい詞なんだな。格好悪くて情けないんだけど、カッコイイ感じ。これをネプチューンが歌うっていうのが更にカッコイイ。
そんでビデオがまたいい!
映画で時々使うワンシーンワンカット(ヒッチコックの『ロープ』やオーソンウェルズの『黒い罠』、アルトマンの『プレイヤー』などが有名)で撮影されてて、これが新鮮。監督はウルフルズで有名な竹内さん。
売れるといいな。
とにかく去年からの謙二とのレコーディング作業は「楽しかった!」これに尽きる。
でもそれが一番大事。
○月×日
オフ
今日は今年始まって以来初めてといっていいぐらいのオフだった。
今度のネプチューンのプロモができてて見たけど、面白かった。謙二曰く「ウレウレ注意報発令じゃ」。
岡山の津山に住んでた頃、友達に弟ができて、それが小学4年ぐらいの時だったので随分と離れた弟だったんだけど、オレは自分の弟よりもかわいがった。そのうち、オレは広島に引っ越してその友達とも弟とも疎遠になっていった。
それが一昨年の正月にたまたま津山に行った時にそこの家族に会う機会があって、10年振りぐらいに友達、そんで弟とも再会する事ができた。ほんの少し面影はあるものの、大学生になった弟は大人になっていた。オレの事もすごくちゃんと覚えててくれて「〜な事があった」「〜な事もあった」など色んな出来事を話してた。
それ以来彼とは会ってないんだけど、最近気づいたのは、あの弟とゆずの2人が同い年だって事。
何か不思議だった。あの生まれたての頃からしってる弟と今一緒に仕事をしてるゆずが同い年だなんて。でもこれも何かの縁かもしれない。人の縁って不思議なもので、「こいつとは一生友達だ」って思っても疎遠になってったり「こんな奴とは絶対に友達になれない」って思う奴と生涯の友になったり......。でもまたあの弟と会って飲みにでも行きたいな。
○月×日
雨
雨が降っている。
久々の雨。ホントにここんとこ雨が降らなかった。朝起きたら、何か寒くていつもより暗い感じがしたので、まさかとは思ったけど外は雨だった。昔は雨が本当に好きだった。山下久美子さんの曲で『雨の日は家にいて』って曲があるんだけど、あのタイトルはときめいた。曲はあんまし覚えてないけど。
小さい頃は、家のバルコニーみたいな所に雨が降ると、きまって傘を何本も持っていって屋根を作ってそこにずっといたらしい。
やがてそれをみた母親がオレに弁当を持たせて(笑)、その風景をずっと見てた。
何か、傘をたたく雨の音が好きだった。
でも最近は少し切ないんだよな、雨が。車を買った頃は雨が降るとすぐドライブに出かけてたけど、今は行かないもん。
でも今度は出かけてみようかな。
○月×日
新春ゆずセッション
正月早々から自分のレコーディング、そしてライブリハ、ライブとフル稼働で働いてきたが、もうゆずのセッションに入った。
『いつか』も調子いいみたいで良かった。特に路上でもやってなかった『始発列車』が、アレンジしながらレコーディングしたのは初めての試みだったので、ちょっと心配だったけど、すごい評判良くて安心した。
おれの出番はこういう時からだと思ってたからね。だってこれから路上で曲をゆっくり育ててゆくなんて無理なんだし、でもそれは悲観的な事じゃなく、もっといい環境(オレを含めて)を利用すればいいんだから、すべては「これから」だと思ってる。
そんで今回も『始発列車』のような挑戦ができたらいいなと思ってるんだけど、北川君はマルチレコーダーを買ったらしい。
意欲満々だ。オレが小学生の時に聴いたサザンのような印象にしたいな。懐かしいような、洋楽のような、邦楽のような、不思議な感じ。これは今の小学生に聴いてもらわないとわかんないことだけど。
○月×日
『アルマゲドン』
『アルマゲドン』を観た。
まわりはみんな泣いてたけど、オレはちょっと冷めちゃった。何かねー戦争前の日本のプロパガンダ映画って感じだったんだよな。
「お国の為なら死ぬのが美徳」みたいな。でも言ってる事が逆になるけど、オレは幕末に生まれたかった。平和で戦争がないっていうのは最高なんだけど、「何の為に生きてるのか」とか「何の為に死ぬのか」って考えたりすると複雑だ。
そこには音楽も映画も見たり聴いたりする余裕はなく、ただ生きる事で精一杯なだけ。
石器時代の人間っていつも「死と隣合わせ」で生きてたはず。今でもサバンナでは「死と隣り合わせ」の動物達が生きてる。
今の日本の社会ではまず「いつ死ぬかわからない」情況はありえない。街を歩いてて誰かに殺されたり、熊やライオンに襲われたりする事もない。人間が本来持ってた「防衛本能」はどんどん退化していってるのだろう。
そういう意味じゃ「アルマゲドン」は空から降ってくるんじゃなく、僕らの中からやってくるのかもしれない。
○月×日
泡沫の夢
ライブ終了。
ほーーーんとに久々のライブだったんで、ペース配分ができなかった。でもそれを差し引いてもいい感じでできたと思う。オレは今、バンドをやっていないから、いわばメンバーは雇ってる人達。だからリハーサル中も終わったら「お疲れさま」でそのままみんな帰っちゃうので、みんなで飲みに行ったりはしたことない。
これが良いのか悪いのかはわからないけど、とにかくライブの打ち上げの二次会で初めて5人で同じテーブルで顔をつきあわせたのだ。
だからってわけじゃないけど、それまでゆっくり話してなかった分、超盛り上がった。ハメもはずした。
今回これだけ上手くいったのは、勿論みんなが一生懸命やってくれたって事もあるけど、オレ以外が全員「次男」だったって事も大きいかも!なんか、あるんだよな。オレの中の「長男、次男」っていう関係が。
終わって色んな人達から「こういうライブは呼人しかできない。これを東京だけじゃなく、もっともっと色んな所でやった方がいい」って言われた。
昔、「ライブで盛り上がる」イコール「客が立ってジャンプしながらのる」とか何かあればすぐ「キャーキャー」って反応が返ってくる事だった。っていうかそれでずっとやってきたのでそういう「体質」になっていた。
でも今回はそういう「盛り上がり方」がまた一つ違う形で成長していけるような予感を感じた。だからもっともっとライブをやんなきゃね。お客も一緒に巻き込んで成長していきたいな。
昨日のライブは色んな人から絶賛されたけど、一番嬉しかったのは小林君が今日電話くれて「昨日はホントに良かったよ、くやしいぐらい」って言ってくれた事だ(だって本当は来れないって言ってたのに)。
○月×日
山下達郎
山下達郎さんのライブを見に行った。
「凄い」を通り越して「怖い」ほどの素晴らしいライブだった。
全3時間半(!)、達郎さんはずっと歌いっぱなし。しゃべりっぱなし(笑)。感じるところはいっぱいあって、頭の中でまとまんないけど、一番感じたのは「人それぞれの武器」の大切さかな?
達郎はとにかく歌が上手い。上手すぎる!。ユーミンのように派手なセットもなければ、映像もない。スマップのように踊りもなければ、客もずっと座りっぱなし(アンコールではみんなが総立ちになる)。それでもそれらを全部帳消しにする程の歌の上手さ、曲の良さ、演奏の上手さがあった、
オレはコンサートを見ながらずっと「じゃ、オレの武器って何だろう?」って考えてた。達郎のように歌が上手いわけでもない、ユーミンのように派手なセットもない、スマップのように踊りが上手いわけでもない。
でも、必ず誰にでも「これだけは誰にも負けない」っていう「何か」があるわけで、その「何か」を追求してゆく事が「個性」になってゆくはずなんだって。今更ながらライブを見ながら「目からウロコが落ちる」ように思った。心はトリートメント&浄化され、何故かリハで痛かったはずの喉も痛くなくなっていたのだ!ありがとう、達郎!
達郎はこんな風にもう20年以上も音楽をやってきた。20年たっても、色あせないモノを創り続ける事は大変だと思う。
形はどうであれ、オレも10年後も20年後もあんな風に音楽をやっていたいな。
ライブのサポートはリズム隊が青山純さんと伊藤コウキさんで、達郎さんとは何と20年間ずっと一緒にやってるらしい。
オレもそんな風になりたいな。
さて、あしたはオレのライブ。「達郎スピリット」を感じながらキメるぜ!!!
○月×日
ゲネプロ
『ゲネプロ』って何の略なんだろう?
とにかく今日は最後のリハだった。しかし、これだけリハやって東京だけライブっつうのもキツイな。だってライブってその名の通り、「生きてる」もんだから、やりながら成長していくんだよな-。ま、もっとたくさんできるようにがんばんないとな。
今日はデジカメいっぱい撮ってこようと思ったのに、そんな余裕なかった。ライブ当日は撮れるかな?いやー無理かも。
しかしペルージャダメだな。中田はいいけど、全然つながんないもん、パスが。まるで、日本代表とクロアチアみたい。でも中田、今日も入れたから、きっと得点ランキング5位ぐらいじゃないかな?すげー。
○月×日
リハもオオズメ
もうリハもおおずめだ。
最初はどうなるのかと思ってたけど、かなりバッチリになってきた。カッコイイ!なんか、金やんも謙二もデカイから真ん中でオレがすごく小さく見える。リハの前に毎日泳いでるんだけど(注:15分ぐらいだけ)、やっぱ成果はあるのかな?
体重はあんまし変わんないんだけど、体力がついたような気がする。でもこれを機にしばらくは続けてみようかな。
昨日はリハの前に、髪を切りにいった。謙二曰く「切りすぎじゃ、ロックじゃないで」。そう少し切りすぎてヤングマンになっちゃった。
○月×日
藤井一彦のMid Night Rock City
昨日は一彦のラジオ番組『Mid Night Rock City』に出た。
こんなに付き合いが長いのにこういう形で仕事をするのは初めて。なんか妙な感じだった。
しかし、内容はかなり盛り上がって、福山弁トーク炸裂だった(案の定、謙二も聴いてたらしい)。しかし同じ長男でも奴は本当に凄い。なんせ選曲を全部自分でやってるのだ。これはできそうでなかなかできない事。尊敬する。
高校の頃は本当に彼は無愛想で、近づきがたかったけど、ギターは当時から超うまかったし、カッコ良かった。
地元では有名だったもんな。そこへいくとオレなんかハズレ町に住んでたし、ちゃんとバンドもやってなかったし、そういう意味じゃ彼はエリートでオレは雑草ってとこかも。
でも、こうやって10年以上もたった今、あの時と同じ様にオレ達は音楽をやってる。何か不思議な感じ。だってあの頃は福山が世界のすべてで、その狭い世界の中でお互い音楽をやってて、オレはまさか日本という世界でやっていけるなんて思ってなかったから、今こうしてラジオなんかやっちゃって、ゲストに出てしゃべってるなんて不思議だ。でも普段はこんな事感じてないから、「仕事」で会ったりするからこんな風に感じるんだろうな。
とにかく、一彦、お互いノラリクラリしながらずっと音楽やってって、老後にゆっくりとまた遊びにいこうぜ!!
○月×日
久しぶりの街ブラ
今日は久しぶりに時間ができたので、お買い物をした。
つっても2時間ぐらいなんだけど。原宿ラフォーレとか(何年振りだろう!)、表参道とか、原宿近辺をまわった。久しぶりに外を歩いたので、世の中こんなに寒いとは思わなかった。あー寒かった。
初めて東京に来たとき、高校1年の時だったと思うけど、他聞にもれずオレも原宿に行った。ケースケと竹下通りとかまわって、「おお、これが原宿か!」って感じで、お小遣い使いまくった。
当時は吉川晃司のようなファッションが流行ってて、ちょっと肩にパットが入ってるようなジャケットとかがいっぱい売ってた。オレは今思うとかなり恥ずかしいのだが、そこで真っ青のジャケットを買った。それで「オレはかなりイケてる都会人だ」って悦に入って上機嫌で田舎に帰った。
これまた恥ずかしいのだが、田舎に帰ってもしばらくはその真っ青のジャケットを着ては街へ繰り出していた。時々クラスメートなんかに会うとチョット恥ずかしいんだけど、「オレはかなりイケてる都会人だ」って自分に言い聞かせてすれ違ってた。
なんか昔、親が毎朝鏡ばっかり見てるオレに「若い時はみんなそうやって鏡をよく見るものだけど、大人になったら見なくなるよ」と言った事があった。その時は「バカヤローオレはいくつになっても鏡をちゃんと見て、毎日キメて家を出るんだ」「鏡も見ないようになったら、男はそこで終わりだ」とか思ってた。しかし、そうなんだよな、あの頃の半分も鏡を見てないだろうな。今は。
でも、あの真っ青の恥ずかしいぐらいのジャケットを着てた時のオレがいたから、今のオレがあるんだろうな。
P.S.
その真っ青のジャケットの行方はジュンスカに入って一回だけステージで着た記憶がある。でもその後行方不明になってしまった(っていうか捨てたのかもしれない)。
○月×日
リハーサルの日々
今日は結構やった。
阿部さんが初参加なので、一曲一曲じっくりやっていってる。でも、ロックな感じでいい調子だ。昨日のリハの後、サウナに行って、足裏マッサージに行った効果があって喉も枯れてなかった。足裏マッサージのおじさんにしっかり「喉」とチェックされた紙を渡された。焦らず、でも焦ってやんなきゃな。
○月×日
ハッピーバスデー早枝!
オレのおばあちゃんが今日誕生日。89才!。1910年生まれだから、タイタニックの4年前!!
オレが生まれた特は60才だった。あっという間だったのかな。90年なんて。関東大震災、226事件、太平洋戦争、オイルショック、東京オリンピック....すべてを経験してる。オレなんかもあっという間におじいちゃんになるのかな?
とにかく89才おめでとう。来年の90才のバースデーはまた孫達を集めて盛大に祝うぞ。
今日からライブのリハが始まった。デビューしてライブのブランクが一番空いたせいなのかもしれないが、声はすぐ枯れ、体力はもたず、ヘトヘトになった。明日からはペースをつかまないと大変な事になるぞ。
○月×日
衝撃映像の功罪
最近テレビなんかでやたら『衝撃映像』みたいなのをやってる。
あれは、もしオレが親だったら絶対子供には見せないだろうな。世界中の人の死体や事故現場を映してるのだが、あれは日本が「幸福に退屈してる」昔のヨーロッパの貴族たちのような(ビスコンティーの映画のような)もので、何か堕落した生活の中に刺激を求めようとして、ああいう衝撃的な映像をお茶の間に流してるのだろう。
創る方も「もっともっと過激にやれ!」って創ってるだろうし、見る方も「もっと過激なモノを!」って見てる。三島由紀夫はこんな日本になることを30年も前に気づいてて悲観して死んじゃったのかもしれない。夕御飯を食べながら人が殺される映像を家族で見てる光景を想像しただけでも恐ろしくなる。「一億総中流家庭」の行き着いた先がこんなものだなんて.....。
でも、それよりもっと怖いのは子供が人を殺したり、死体を見ることに麻痺しちゃう事だ。
テレビを見た次の日、学校でいじめられっ子に同じ様な事をして楽しむ。親にも先生にも殴られた事もないから、痛みの限度を知らない。だからどんどんエスカレートして最後は相手を自殺に追い込む。
50年前、この国はあれだけ平和を願ったはずなのに、もうそんな痛みは跡形もない。「戦争でも起こらない限りオマエらにはわかんないだよ!」って思ってる人達もいるかもしれない。本当に幸福で平和なのかな?おれ達って。
○月×日
オタク
オタクっていう人種がいる。
アニメが好きで、紙袋を持って、秋葉原が好きで、アイドルに詳しくて、インターネットにも詳しくて、凝り方が尋常ではなく、澱んだ目をしてるような人達。
時々思うのだ。「オレとオタクの違いは何だ?」って。オレだってアニメは好きだし(但し髪の毛が緑とかオレンジの奴らが出てくる最近のはダメ。基本「宮崎」モノ)、紙袋は持ってないけど、秋葉原は好きだし、アイドルは詳しくないけど、インターネットは好き。そんで好きなことだったら徹底して凝る。徹夜してでも凝る。
殆ど変わらないんだよな。彼らと。もしかしたらみんなが言う「澱んだ目」とか「気持ち悪い目つき」っていうのは、ピュアな目つきで、オレの方がよっぽど澱んでんじゃないのかって思ったりもする。
でも原点なのかな。オレは中学の頃のままだったら、オタク系に行ってたかもしれない。でも高校でバンドとかサッカーを始めたから何か浮世のものに馴染んでいったのかな。オープンになったというか.....。
実際、オタク系の人達の方が話が合ったりするし、色んな事に詳しいから、飽きないんだよな。でもさ、モリタカやモーニング娘や谷村有美のライブに行ってニヤニヤしてるような人達とはどうかな。うーん、でもオレもそういう奴になってたかもしれない。カメラ小僧とか。
結論。そういう可能性があるオレをここまで引っ張りあげてくたのは、やっぱRCサクセションだ。清志郎に会わなかったら、今のオレはいなかっただろうな。もしかしたら誰かのオッカケになってカメラ小僧とかになってたかも。
○月×日
ヤングパンチ
今日はヤングパンチのフクイくんがコーラスを入れに来てくれた。何でも今夜から名古屋に行くらしいんだけど、その前に来てくれた。
今度のiMACは色が5色あってどれもかわいい色だ。全部欲しいって感じ。何だろう、子供の頃にこれを見たら一生目に焼き付いてしまいそうなデザイン。っていうか、子供に戻ったような気分にさせてくれるんだよな。ずっと大事にしたくなるようなおもちゃのような感じなのかな?。子供の頃、ピースマークのバッジが家にあってずっと目に焼き付いてた。アメリカの工業デザインは本当に凄い。理論でデザインしてない、もっと遊び心やピュアさがある。
カメラも日本の会社がどんなにがんばっても、江角マキコやりょうを使っても、コンタックス(デザインはポルシェ!)やライカにはかなわないもんな。
○月×日
仕事始め
仕事始めは例年になく早かった。今日は元ルースターズの池畑さんがドラムを叩いてくれた。最近ではネプチューンの『君を探して』のカップリングで叩いてもらってる。昔のバンド時代の話なんかをチョコっと聞かせてもらった。何たってオレの高校の先輩なんかはみんな好きだったからな。上京してきた頃も伝説のバンドになってたし。でも、すごくいい人だ。
そうそう新しいマックのシリーズが発表された。デザインはかなりiMACライクだ。でも欲しいな。前のタイプを我慢して買わなくて良かった。今のタイプでも不自由はしてないから、もう少し様子をみてみよう。だって2月頃にはパワーブックのiMACライクなヤツが発表されるかもしれないし、そっちの方が気になるな。
○月×日
正月太り
餅もそれほど食ってない
ましてや、お節料理も食べてない
ましてや、おとそも甘酒も飲んでない
お汁粉も一杯だけ
友人との暴飲暴食もしてない
なのに、何故か太ってしまった。
これはヤバイっていうんで、久しぶりのジムに行った。でも200mほど泳いだらもうヘトヘトになった。原因はわかってる。年末のスタジオだ。スタジオが続くと必ず太って、体調がおかしくなる。動かないし、出前ばっかりだし、タバコの煙ムンムンだし、10時間以上毎日いるとそりゃ変になるよな。これを機に、ライブに向けてシェイプアップボーイズになろう!
年末だったか、年明けだったか、TBSの『世界遺産』のスペシャルを観た。こういう番組に参加するって幸せだろうなって思った。
しかし、奈良の東大寺を日本人が何とも思わないのと同じように、中国の人は万里の長城を何とも思ってないみたいで、ダムの開発で一部が湖の底に沈んでいた。そういうものなのかな。
○月×日
帰郷
ここん所毎年謙二兄弟と田舎に帰ってる。ま、一人で帰るのが寂しいっつうのもあるけど、最大の理由は奴のネットワーク.....つまり福山での人脈に他ならない。奴が帰るとなると田舎の知り合いが大集合するし、空港まで何人も迎えにくるのだ。それに便乗するってわけだが、それにしてもオレの人望の無さといったら.........。田舎に帰っても連絡する友達もいなければ、誰もかけてこない。高校時代はかなり怖くて、一匹狼的存在だったらしい(友人談)ので、誰も寄りつかなったのかな?でも仲の良かった連中がみんな東京に出てきたっていうのもあるな。圭輔とかやっちん、浅野、タカオリなんかはみんな東京に出てきてドロップアウトしてないから。もし誰かが田舎に戻ったらその中の誰かが空港に迎えに来てくれるのかな?いや、来ないな。
○月×日
1999
さて今年は世界が滅亡するのだろうか?この年をオレは非現実的なものとしてずっと昔から思ってた。1999年ってやって来ないんじゃないかって。でもやってくれば、実にあっけないものだ。こうして2000年、2001年とやってくるのだろうか?
抱負を語るほどイヤな事はないので、やめておくが今年は「楽しく」「気持ちよく」やっていきちたいな。そんで『ロンググッドバイ』ももうそろそろ1周年がやってくる。あー日記も続かなかったオレが....。これは凄いことだぞ。さてそれではまた餅でもたべようかな?